「もっと効率的に」「もっと完璧に」。
ビジネスの世界では、常により良いサービスを目指して改善が重ねられています。
とくに近年は、AIの発展により、かつては想像もできなかったレベルの効率化や完全自動化が可能になってきました。
しかし皮肉なことに、完璧なサービスが必ずしも歓迎されない事例が存在します。
「あえての手抜き」や「意図的な不完全さ」が、むしろ顧客の心を掴むことがあるのです。
本稿では、過去の興味深い事例と現代のAI活用を組み合わせながら、ビジネスにおける「適度な不完全さ」の価値について考えていきます。
完璧さを追求すべき部分と、あえて人間味を残すべき部分。
その絶妙なバランスが、ビジネスの成功を左右するかもしれません。

- 全力で完璧なサービスを用意してもあまり評価されない。
- なのに、手抜きをすると評価される。
そんな事例を2つ紹介します。
1つ目は、古い話になりますし、よく知られた事例でもあります。
ケーキミックスという商品がアメリカで最初に販売されたのは第2次大戦のころ。
1940年代です。
ケーキミックスに水を加えて焼くだけでケーキが出来てしまうという画期的な商品でした。
ところが、発売当初はほとんど人気がありませんでした。
パイを作る粉やスコーンを作る粉はかなり売れていました。
なので、ケーキミックスだって売れると見込んで発売されたのは無理もありません。
けれども実際にはさっぱり売れなかったとのことです。
そこで、こんな工夫がなされました。
「ケーキミックスに含まれている乾燥タマゴを取り除いてしまおう」
すなわち、あえて不完全な商品として、販売しようという提案です。
タマゴを加えるという「手間」を、消費者側がわざわざ掛けなければならないようにしたのです。
すると、この不完全なケーキミックスは、爆発的に売れました。
「ちょっとだけ手間がかかる」という点が主婦層の心に響きました。
面倒なのは嫌だけど簡単すぎるのも嫌。
そこそこ手作り感を出したい。
そういう相反する心を惹きつけたのです。
もう1つ手抜き事例を紹介します。
これもアメリカの話ですが、こちらは近年の話。
- 仕事を終えたお母さんが会社の帰りに料理教室に立ち寄る
- 参加者みんなで料理を作る
- できあがった料理を自宅に持ち帰り家族の夕食として出す
そういう料理教室があります。
- 仕事が忙しくて手の込んだ料理を子供たちに作ってあげられないけれど、かといって外食ばかりさせたくない。
- デパートの総菜やコンビニの弁当で済ませてしまうのも申し訳ない。
- できることなら手作りのものを食べさせてあげたい。
そんなワーキングマザーの切ない気持に寄り添う料理教室です。
これのどこが「手抜き」かというと…
仕事帰りのお母さんが料理教室に立ち寄るとき、すでに料理の大部分はあらかじめ仕込んであるのです。
ただし最後の仕上げだけは、まだです。
この最後の仕上げを、参加者(生徒)たちはインストラクターに教わりながら、行います。
「お母さんは最後のひと手間をお願いします」
その絶妙な手抜き具合が人々から共感され、この料理教室は全米でヒットしました。

これらの事例から学べる重要な示唆は、顧客が求めているのは必ずしも完全な自動化や省力化ではないということです。
ときには、適度な「手作り感」や「関与の実感」が重要な価値となります。
では、この知見を現代のAI時代にどう活かせるでしょうか。
たとえば…
飲食店のオーナーがAIを活用して新メニューを開発する場合を考えてみましょう。
AIに全てを任せて完成品のレシピを出力させるのではなく、あえて「最後の一手間」をシェフに委ねる設計にします。
具体的には、AIがベースとなる調理法と食材の組み合わせを提案し、その上でシェフが自身の経験と感性を活かして味付けや盛り付けをアレンジする。
この方法により、効率的なメニュー開発と料理人の創造性や誇りを両立させることができます。
手作りの商品を扱う小規模店舗では、商品説明文の作成にAIを活用しつつ、最後に店主自身の言葉を加えるアプローチが効果的です。
AIが基本的な商品情報や特徴を整理し、それに店主が実際の制作過程での思いやこだわりを付け加えることで、効率的かつ温かみのある商品紹介が実現できます。
料理教室の事例から学べる現代的な応用として、オンラインレッスンの設計があります。
AIを活用して基本的な解説動画や教材を自動生成しつつ、生徒との実際のやり取りや最終的なアドバイスは講師が担当する。
講師の負担を軽減しながら、受講者は「先生から直接指導を受けている」という満足感を得られます。
このように、AIを活用する際に重要なのは、完全な自動化を目指すのではなく、人間の関与が価値を生む部分を見極めることです。
かつてのケーキミックスが教えてくれたように、ときには「完璧すぎない」設計が、サービスの価値を高める可能性があります。
AIの導入を検討する際は、「どこまでをAIに任せ、どこを人間の手作業として残すべきか」という視点で考えることをお勧めします。
顧客が本当に求めているのは、必ずしも完全な自動化ではないかもしれません。
適度な人間味や関与感を残すことで、むしろサービスの価値が高まることがあるのです。
「適度な手抜き」と「効果的な人間の関与」が、AI時代における差別化のポイントの1つとなるでしょう。