自分の仕事や事業が「なくなってほしい」と思ったことはありますか?
変な質問に聞こえるかもしれません。
でも、世の中には「自分たちが必要とされない世界」を理想として掲げている職業や事業が存在します。
興味深いことに、そうした「自己否定的」な仕事は、多くの場合、いつまでも社会に強く必要とされ続けています。
このような一見矛盾する状況は、現代のビジネスにおいて、どのような意味を持つのでしょうか。
急速に進化するAI技術は、この矛盾にどのような新しい可能性をもたらすのでしょうか。

警察が目指す理想は「犯罪のない、警察のいらない世界」。
病院が目指す理想は「病気のない、病院のいらない世界」。
警察や病院は本来
「自分たちが必要とされない世界を目指している」
いわば
「自己否定を生業としている」
そういう存在だと言えるでしょう。
したがって、
- 社会から犯罪がなくなれば警察官は失業します。
- 病気のない理想の世界が実現すれば医者や看護師は失業することになります。
警察官や医師や看護師などは、そうした「自己否定型」の職業に該当します。
しかし「自己否定型」の職業は、実際にはなくならずに存続しています。
おそらく未来永劫、人類があるかぎり存続するでしょう。
なぜなら
- たとえベストを尽くしたとしても犯罪はなくならない
- たとえベストを尽くしたとしても病気はなくならない
それがこの世の摂理だからと言えます。
こうしたメカニズムを
「自己否定のビジネスモデル」
と呼ぶことにしましょう。
自己否定のビジネスモデルは、一見矛盾しているように見えますが、実際には多くの分野で見られるように思います。
例えば、
- ダイエット食品:理想は、顧客が健康的な食生活を送り、ダイエット食品を必要としなくなることですが、実際には、常に新しいダイエット食品が開発され、市場に投入されています。
- 語学学習サービス:理想は、顧客が外国語を流暢に話せるようになり、サービスを必要としなくなることですが、実際には、常に新しい学習方法や教材が開発され、提供されています。
- 就職支援サービス:理想は、すべての求職者が希望する仕事に就き、サービスを必要としなくなることですが、実際には、常に新しい求職者が現れ、サービスを利用しています。
これらの例のように、自己否定のビジネスモデルは、顧客のニーズを満たすことと、自社の存続を両立させるための、ある種のジレンマを抱えていると言えるでしょう。

「自己否定のビジネスモデル」には、もっと巧妙な事例があります。
その1つが、かつての通信添削教育です。
(進〇ゼミみたいな)
現代は、インターネットで瞬時に情報をやりとりできるので、コスト構造も変化しています。
けれども、かつての通信教育は
受講者は、
- 郵便で課題を受け取る
- 課題を解いたものを郵便で送り返す
- 後日、添削結果を郵便で受け取る
というスタイルになっていました。
で、そのころの通信教育の受講料なのですが…。
「もしも受講者全員が100パーセント真面目に課題を送り返したとしたら、添削するコストが高くなりすぎて赤字になってしまう」
そういう、矛盾するような金額設定になっていたことはご存知でしょうか。
通信教育の理想は受講者全員が真面目に受講すること。
しかし本当に全員が真面目だと、受講料が費用をカバーできず赤字になってしまう。
だからといって、はじめから
「100パーセントの添削に耐えるレベルの受講料」
にしてしまうと、高くなりすぎて受講者がいなくなります。
そのため、一定の「脱落率」があることをあらかじめ想定のうえ、それにもとづいた「適切な受講料」が設定されていました。
実際、多くの通信教育事業で、課題が返送される比率は5割を下回っていたようです。
半分以上が脱落していたのです。
言いかえれば当時の通信教育事業が成立つためには、半分以上の受講者が脱落することが必要でした。

「自己否定のビジネスモデル」は一見矛盾を含んでいるように見えながら、実は多くのビジネスで成立している興味深い仕組みです。
そして現代では、AIがこの矛盾を解消する新たな可能性を提供しています。
たとえば、先ほどの通信教育の例で考えてみましょう。
かつての通信教育では、受講者全員が真面目に課題を提出すると添削コストが膨大になり、事業として成立しないというジレンマがありました。
しかし今日では、AIを活用することで、このジレンマを解消できる可能性が出てきています。
まず初期の添削作業をAIが担当し、人間の講師はAIの添削結果を確認して必要に応じて修正を加えるという形が可能です。
これにより、全受講者の課題に丁寧に対応しながらも、コストを現実的な範囲に抑えることができます。
AIは「自己否定のビジネスモデル」に内在する矛盾を緩和し、より理想に近い形でのサービス提供を可能にします。
スモールビジネスに取り組んでいる方々も、自身のビジネスにおいて、AIをどのように活用できるか、ぜひ検討してみてください。
必ずしも大規模なシステム投資は必要ありません。
既存の生成AIを工夫して活用することで、多くの可能性が開けてくるはずです。