本だいすきのビジネスモデル

「インターネットの登場以来、書店業界は逆風にさらされている」という声をよく耳にします。

確かに多くの書店が閉鎖に追い込まれてきました。

しかし、そんな時代に逆行するかのように、新しい形の書店ビジネスが次々と登場しています。

なぜでしょうか?

そこにはどんな知恵が隠されているのでしょうか?

そして、AIが急速に発展する今、こうした書店ビジネスの知恵はどのように活かせるのでしょうか。

この記事では、「見えない」を「見える」に変えるビジネスの知恵と、AIという新しいパートナーとの創造的な共存の可能性について考えていきます。

インターネットの登場以来、書店業界は出版業界と同様、逆風にさらされているというのが一般的な見方です。

おそらくだれもこれをいっときの不況とは考えていないでしょう。

 

実際、多くの書店が閉鎖しました。

2018年には、ランドマーク的な存在でもあった「青山ブックセンター」六本木店が閉店しました。

みなさんの周りでも、大きめの本屋さんなのに閉店した例は、1つや2つではないのではないでしょうか。

 

この状況は、むろん日本だけではありません。

バーンズ・アンド・ノーブルに次いでアメリカで2番目に大きい書店チェーンだったあるボーダーズ・グループは、2011年に経営破綻しました。

インターネットの登場以来の競争激化に耐えられなかったとされています。

 

そんな中で生き残っている書店さんはすごいですよね。

並々ならぬ経営改善の努力をしたものと思われます。

 

 

しかしもっとすごいのは、こんなご時勢にかかわらず、新しく書店ビジネスが立ちあがっていることでしょう。

それも1つや2つではありません。

 

ユニークなものが多いのでいくつか紹介しようと思いますが、その前に、過去に誕生した風変わりなスタイルの書店の例を調べてみました。

  • 1920年代にパリに開店した「シェイクスピア&カンパニー書店」は、無一文の若い書き手に宿を貸すことでも知られています。
  • 1927年にニューヨークに開店した「ストランド書店」は、希少本や絶版書籍、サイン入り本が豊富なことでも有名。
  • 1960年代にサンフランシスコに開店した「シティ・ライツ・ブックストア」は、市民権運動や反戦運動の拠点として機能し、ポルノグラフィーなども扱っていたことで物議をかもし有名になりました。
  • 前述の「バーンズ・アンド・ノーブル」は1965年創業ですが、のちに店内でスタバのコーヒーを飲めるようになってから著しく成長したようです。

 

こうした例を日本に見るとすれば、最初に浮かぶのは、

  • 1986年に1号店がオープンした「ヴィレッジヴァンガード」。本屋なのか雑貨屋なのかわからない手法が斬新だったといえます。
  • 魅力的な棚づくりを心掛け、20坪しかないのに人気店である「往来堂書店」は、1996年に東京は文京区に開店しています。
  • 2000年に誕生の「火星の庭」(仙台)や2002年に誕生の「COW BOOKS」(東京都目黒区)は、カフェのあるスタイリッシュな古本屋で、いわゆるブックカフェの先駆的存在とされます。これを「カフェのある書店」と見るのかそれとも「本のあるカフェ」と見るのかは、人それぞれですが。

 

 

それでは、比較的最近の「新しい書店ビジネス」の例をいくつか紹介します。

 

セレクト書店

 

「セレクト書店」というカテゴリがあります。

 

たとえば

  • 東京は渋谷区の「ユトレヒト」は芸術家や作家が個人で少部数出版する本を広めることをミッションとしています。
  • 「冒険研究所書店」は、北極冒険家の人が大和市(神奈川県)で始めたもの。

そのほか

  • ブックスキューブリック(福岡)
  • スタンダードブックストア(大阪)

などがセレクト書店として知られます。

 

シェア型書店

 

シェア型書店というカテゴリもあります。

店舗は1つでも棚ごとにオーナーが異なるのです。

 

たとえば東京は神保町にある「猫の本棚」は、362段ある棚がすべて異なるオーナーによって運営されています。

作家や評論家、アーティストなどが自作やおすすめ本などを思い思いに並べています。

さきほど例示した「往来堂書店」のように魅力的な棚づくりの力が問われます。

 

滞在型書店

 

テーマパークのように入場料を取る書店もあります。

 

「文喫(ぶんきつ)」は、さきほど閉店した例としてあげた青山ブックセンター六本木店の跡地にオープンしていますが、入店客は入場料を払います。

そのかわり本は買ってもいいし買わずとも読み放題。

コーヒーは無料でおかわりし放題で、食事も可能。

「長居して本を読みながら飲食できる場所」となっています。

 

地域活性化型書店

 

ある意味、新規に書店が作られにくい場所に、わざわざカッコイイ書店を作る例もある。

 

  • 「TUG BOOKS」(小豆島)
  • 「nicala」(佐渡島)
  • 「汽水空港」(鳥取)

 

こうした場所では、書店が観光名所の1つにもなりうるだろうし、地元の文化や経済にも貢献するでしょう。

また、コミュニティの拠点にもなります。

 

「汽水空港」は農地を借りるようなことも手がけ、みんなで畑仕事をしているようです。

 

行政型書店

 

行政は書店よりもむしろ図書館を運営することが多い。

ですが、なかには書店文化を残し、発展させようと、書店経営に乗り出す自治体もあります。

 

  • 「八戸ブックセンター」は、「本のまち」を目指す八戸市が立ち上げたもの。
  • 「ちえなみき」は、敦賀市が民間企業と共同ではじめた半官半民の書店です。

 

 

海外に目を向けると、

 

  • かつて屠畜場として使われていた建物を利用したちょっと怖い書店が、イギリスはスコットランドにあるようです。
  • 同じくイギリスにある「バーター・ブックス」は、かつて駅舎だった建物を利用した巨大な古書店で、人々が読み終えた本を置いていき、かわりに好きな本を持ち帰るというサービスも行われています。
  • 中国の「共享書店」では、書籍を自由に自分のスマホでスキャンしてよいようです。スキャンし放題というわけですが、それで経営は大丈夫なのか?というと、「共享書店」は大丈夫だとみています。すべてのページを客がスキャンするのは手間と時間がかかるので、実際に行われているのは何ページかをスキャンして後で読むのが関の山。つまり、立ち読みとあまり変わりません。「共享書店」のほうもそのあたりを心得てこのビジネスモデルを採用しているらしい。スキャンという立ち読みの結果、購入が増えることを期待しているのでしょう。

 

 

以上の事例には規模の大きなものもあれば小さなものもあります。

とくに区別せずに列挙しました。

 

ただ、ビジネスモデルの観点では、

逆境と思われている書店ビジネスだが、じっさいにはスモールビジネスが数多く立ち上がっている面白い領域である

というところに注目したいですね。

 

書店ビジネスには広い店舗や豊富な品揃えが求められると思われがちですが、実は個人でも少ない資本と工夫により挑戦できているようです。

自宅やカフェなどの小スペースを書店として活用することもできるでしょう。

書店がコミュニティの拠点になる可能性を活かし、読書会や講座、イベントなどを開催することで、地域との関わりを深めることもできるでしょう。

 

書店ビジネスには多様なスタイルが考えられ、小規模であっても個性的な展開をすることができるようです。

AIと書店の共通点

 

書店ビジネスの事例から見えてきたのは、「人と本をつなぐ」という本質的な価値の大切さです。

単なる「本を売る場所」ではなく、「特定の価値観を共有する場」として機能している書店が成功している点は示唆に富んでいます。

 

これはAIにも似た側面があります。

AIも単なる「情報処理の道具」ではなく、「人と情報、人とアイデアをつなぐ媒介者」として機能するときに、最も価値を発揮します。

 

たとえば、小規模な古本屋を営んでいるオーナーが、インハウスAIを活用するとどうなるでしょう。

このAIは店の在庫情報だけでなく、過去の顧客の購買傾向、各本の特徴、関連する文化的背景まで学習します。

 

「北欧の小説で、静かな雰囲気の中に緊張感がある作品を探しています」

 

こんな曖昧なリクエストにも、インハウスAIなら的確に応えられます。

在庫にない場合でも、仕入れの提案をしたり、代替案を提示したりできるでしょう。

本好きなオーナーの価値観が刻み込まれたAIは、単なる検索エンジンを超えた「共感的な本の案内人」となります。

 

コミュニティ形成とAIの役割

 

事例として紹介した「文喫(ぶんきつ)」のような「入場料を取る書店」モデルは、書店を単なる購買の場から、文化的体験の場へと転換させた成功例です。

このコミュニティ形成の要素にAIを組み合わせると、新しい可能性が見えてきます。

 

たとえば、書店に関連するアプリAIを開発し、来店者が自分の読書傾向や関心を登録すると、同じような趣味を持つ他の来店者とのマッチングを提案する機能を実装できます。

「あなたと似た本の好みを持つ人が今月のブックイベントに参加予定です」といった情報が、新しい出会いを生むきっかけになるかもしれません。

 

分身AI(アバターAI)の活用も考えられます。実店舗に来られない遠方の本好きのために、専門知識を持つ書店員の分身AIが、オンラインで本選びをサポートする。

これにより、地理的制約を超えたコミュニティ形成が可能になります。

 

ある古書店主は、こんな実験を考えているようです。

店主の蔵書感覚や美学を学習したAIを「デジタル店主」として育て、深夜や店主が出張中でも、オンラインで来客と対話できるようにしたいと。

「この前のミステリー、最後の展開が衝撃的でした。あの作家の他のおすすめは?」

こんな問いかけに、AIが店主の視点で応答します。

目指すのは、このAIが単に本の内容を説明するだけでなく、「この本は雨の日に読むと雰囲気がいっそう引き立ちますよ」といった、店主ならではの感性を反映したコメントを返すこと。

これは顧客にとって新しい読書体験の提案となり、単なる情報提供を超えた価値を生み出しています。

 

「見える化」から「見せる化」へ

 

地方の小さな書店が観光名所になる例も見てきました。

これは「本を売る」という機能だけでなく、「その場所でしか得られない体験」を提供しているからこそ成功しています。

 

AI時代の今、このアプローチはさらに深化できます。

AIを使って顧客データを分析し、来店客の傾向を把握することで、より魅力的な「見せる化」が可能になります。

 

たとえば、サブカルチャー専門書店では、AIを使って顧客がSNSで関心を示しているトピックを分析し、それに合わせて店内のディスプレイや特集コーナーを毎週変更する、といったことができるでしょう。

「今週の特集は、Twitterで地元の大学生に人気の『廃墟写真集』です」といった具合に。

 

このように、AIを活用することで、より細やかな顧客理解に基づいた「見せる方」が可能になり、実店舗ならではの魅力を高められるのです。

 

小さな書店の大きな可能性

 

最後に、小さな書店が持つ強みとAIの関係について考えてみましょう。

 

大手書店チェーンやAmazonといった巨大プラットフォームと比べ、個人経営の書店は規模やコスト面で太刀打ちできません。

しかし、「顧客との距離の近さ」「オーナーの個性」「コミュニティへの根付き方」といった点では、むしろ小さいことが強みになります。

 

AIの時代には、この強みがさらに増幅される可能性があります。

なぜなら、AIは「規模の小ささ」を補いながら、「個性の強さ」を際立たせる道具となるからです。

 

ある書店のオーナーが、こんなことを言っていました。

「うちの店は小さいけど、お客さん一人一人のことを覚えています。でも、AIを導入し、もっと深く理解できるようにしたい。お客さんが過去に購入した本だけでなく、その本同士のつながりや、季節による読書傾向の変化まで把握できるようにしたいんです」

 

この書店では、来店客ごとにカスタマイズされた「今月のおすすめ本」リストをAIが自動生成し、メールで送信します。

大手では真似できない細やかさで、顧客の心をつかもうとしています。

 

おわりに

 

書店ビジネスから学べることは、「商品(本)を売る」という表面的な機能の背後にある、より深い価値を見出し、それを具現化する創造性の大切さですね。

 

AI時代においても、この本質は変わりません。

むしろ、AIという新しいパートナーを得たことで、小規模ビジネスならではの「顔の見える関係性」「個性の表現」「コミュニティの形成」といった価値をより強く、より広く届けることが可能になると言えるでしょう。

 

大切なのは、AIを「人間の代替物」ではなく、「人間の創造性を増幅させるパートナー」として捉えること。

そして、テクノロジーの活用と人間味のある対応のバランスを見極めることです。

 

書店が「本を売る場所」から「文化の発信拠点」へと進化したように、AIを活用したビジネスも、単なる「効率化」を超えた新しい価値の創造へと進化していくことでしょう。